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piiip![覚え書き帳]
| 2008/03/09(sun) 春がきたみたいな気分だし |
LEGO!というごちゃまぜサイトを2002年頃にやっておりました。取っ散らかったまま放置してたら手のつけようがなくなり、「サイトリニューアルしますーーーいつかは!」と言い続けてはや数年。
要するに何にもしてないのでは、、、(むしろサイトしてたと言える期間のが圧倒的に短いのでは、、、)ということをいい加減認めることにしまして、とりあえず覚え書き帳だけ復活させることとしました。
最近はミクシィのぬるい枠の中でへなへなとしていましたが、いやーやっぱしそれじゃあ言いたいこともちゃんと言えないぜ、と思い重い腰を上げてみました。
と、去年の夏にも言って、覚え書き帳をなつかしのブロガーで付け始めたのですが、結局放置しております。 部屋の中にたくさんある、最初のページしか書いてないノートと同じです。 dagens nyheter nr.3
あと、気が向いたときだけ書いてる音楽メモは、なんだかんだで続いております。 BLANDBAND VOL.3
このブログ定番の時代にしょぼいフォーマットですが、このphpは、はほそぼそとメモがわりには使っていたので、このまま使い回します。これくらいがちょうど身の丈です。
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| 2007/07/10(tue) ドラゴンは生きているのか |
『ロールパン・チームの作戦』カニグズバーグ なぜか読んでいなかった。 ほんの数ヶ月の思春期に入る男の子のこころの変遷。 清々しい。ラストの段落のことばが胸に残る。 本を置いて残るのは、考えることを、放棄してしまっている自分ーー。 それはつまりちゃんと生きてない、地に足着いていない、 ということだ、と身につまされる、、、、
その成長のほんの一部だけが、みんなの前と家族の前で起こる。 後の大部分はひとりでいる時に起こる。 それも一晩のうちに起こるのではない。
カニグズバーグは大きくなってから読み始めたけれども、 ほんとはもっと前に、あるべき年齢で、読んでおきたかったなあと思う。 読んでいても結果は同じであったのかもしれないけれども。
初めて読んだのは10年ほど前だと思うけれども、 あまりぴんとこなかった『ジョコンダ婦人の肖像』を読み直したい。 今なら少しはわかるかもしれない。 ベアトリチェの言っていたこと。
が、ここまで書いておいてなんだけれども、 わたしはカニグズバーグの話のポイントというか、 展開のハイライトがいつも追いつけなくなるのです。 いちばんだいじなとこがわからなくなる、というのは、 わたしのあたまもこころも固い固いプリンだということなのか、 よっぽどあほなのか。 わたしのドラゴンは死んでしまっているのか、 そうなのだ、きっとそうなのだよ、という気はする。 なのにいまだに「わたしはとってもきれいなドラゴンを持っているのよ!」 と有頂天に思いこんでいる。のだ、きっと。ああ。
やわらかないい香りのするプリンであるこどもには すっとわかるんだろか。わたしはわかっただろうか。 いつかわかるようになれるんだろか。なりたいな。
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この5月はなんだかとてもいい感じ。 風のようにすぎていく日々だけど。 と、こんなことを書きたいのではないのだと、書いていて思う。 何が書きたかったのか。全然もう書けなくなっている。 大変ひさびさに会ったひとにいっぱいばーっと話した後で 「いやこんなことがいいたかったわけではなくてね」というと、 「いっつもそう言っとるね、前もそう言ってたね」 となつかしそうに(しかしはっきりと)言われた。 あはは、そうなのです。そう、なのか。 そんなんばっかなのか、10年近くたっても。 変わり映えがまったくしていない。
節目を越えてなんだかふっきれたのかそうでないのか、ハイパーな気分。 ここを開くと後ろの写真にいつもすこしセンチメンタルになる。 でもまだ外せない。でも考えてみればもう5年も前のものなのに。
自分のなかでぎゅうっと凝縮された記憶を持つ時間は、実際の長さなど関係なく大きいもので、それはそれでいいことだとおもう。そういうふうに思える時間があったということは大切なかけがえのないことだと。 でもそれがどんどん大きくなっていくのはちょっといやだなあとおもう。
そろそろ写真のかけかえどきなのだとおもう。でも、まだ、だなあ。
と、こんなことが書きたかったわけではなく。
すきなひとはやっぱりいつまでたってもすきだなあとおもった。 何年会ってなかろうが。少ししか会えなかろうが。 つらい一方的なすきというのではなく、 もうそういうのを超えた存在で、 こころからふーっと出てくる愛しい気持ちでいっぱいになるひと。 いつでも昔とおなじ空気に一瞬にして戻れる。 そしておなじようなあたたかい気持ちをもっている自分に気づく。 そうおもっているのは自分だけではないとおもいたい、なあ。 そういうすきなひと。一生そういう人でいてください。 きっとそうなんだろなー。
小沢くんをこのところ聴いてみたりしている。 「うさぎ!」の続きが気になっている。 「美しさ」の美しさはやっぱりことばにならないせつなさ。
と、とりとめがなさすぎるぜ。
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| 2006/04/04(tue) イーゲルコットのありがとう |
ありがとうと、言ってくれてありがとう、とほんとうにおもったよ。 いてくれてありがとうというか、なんというか、この気持ちをうまく伝えるにはまた時間がかかるのかもしれないけど、とにかくやっぱりありがとう。
と。
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| 2006/04/04(tue) あたらしいとしのはじまり |
またこの日がやってきた。 いろんなことがぱーっとカードが裏返っていくように連なって押し寄せてきたりわかってきたり。この流れには乗るしかないだろと思うようなこのタイミングで、いつになくとてもおだやかでそれでいてクリアな心持ちでスタート地点に立っている気がする。さあ行くかと。きっと今年のこの日のことは忘れないだろなーとふと思った。そんな感じ。何もないといえばこれほど何もなく日常に追われただけの日もなかった気がするしあったといえばこんなにいろいろくるくるまわったこともないような気がするし。別にないのだけども。いてくれてよかったなというひとたちに会えてよかったなと、それはおもうな。
kom igen kom igen
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はじまりはいつも あいまいなもので なぜかたまらなくむねがいたんで
これは愛じゃなくて、期待でもなく、ましてや希望ですらなくて
ring mig nar du ar full, ring mig nar du ar full! du, ring mig!
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ねむい。ねむいねむい。そしてさむい、外は風。さよならさんがつ。 あーっというまだなあ。
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見せかけだけちょっぴり変えてみた。夏だなあと思った日だったので。 やっぱり海の日がこの日になったのはわけがあるのね、と今思いついただけだけども、そんな気がするような、いかにもらしい空気の日だった。
夢をみた。びっくりした。びっくりしていた自分にもびっくりした。
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ああああー。感情あふれるスイッチが入ってしまいそう。 やっぱり全然捨てられてないこととかたくさんで、おんなじことの繰り返しで、ひとはやさしいけどどうにかせんとだめなのはわたし、なのだよな。
primary 5 の「sunflower」という曲がすばらしすぎてまたもスイッチがひねられる。
アルバムを買いに行かなくちゃ行かなくちゃ今日こそは、と思っていたら突然のお知らせ。でもそれは本人にとっては全然突然じゃないことで、音楽はすばらしいけれどもそれよりも大事なことがもちろんあるわけで、それはすごくわかる気がした。残念もっと聴きたいよ!とかそういうことは言えないよなあ。ああそうなのか、とすごく納得してしまった。そういうことだったのかなと別のことを考えて思ってみたり。 うまく書けないけれども、とても印象に残る話だった。なので覚え書き。
すきなひとというかすきだったひと(と言ってしまいたい)がしあわせでいてくれたらもうそれでいいなとおもった。きっとしあわせなんだろうからそれでもういいやと。
あースイッチが。ここらでとめとくよ。
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| 2005/05/17(tue) 自省内省反省らしい |
むっずかしいなあとおもうことばっかりだけど、ぜーんぶおんなじとこでひっかかっているわけで、そこに気づかされることばっかり。これはやっぱり何かの知らせなんだろか。あんたそこどうにかせんとどうにもならんで、というのをもう星が叫んでいるような気がするよ。
バランス感覚ないのにやじろべえ、三半規管弱いのにぐるぐるまわって、そりゃこけたら最後で全部落ちるよ。こわいんかなー。うーん、こわいなーやっぱり。でもしかし。そこやんかと。
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